TOP

=最新記事(2020.6.13更新)=
関東鉄道の元新京成バス


DSC_4991.jpg
新京成電鉄 沿線撮影地「松戸~京成津田沼」
(最終更新2019.12.4 くぬぎ山3号踏切界隈の画像追加)


20142018.jpg
新京成車輛動向4年の軌跡
新塗装化の4年間を振り返ります


DSC_9581_R.jpg
新京成バス 車両一覧(2020.6.20更新)

鎌ヶ谷営業所(1737配備に対応)
習志野営業所(2451配備に対応)
松戸営業所(3018除籍・3315配備・3901除籍に対応)
テーマ: バス写真 | ジャンル: 写真

【関鉄パープルバス】元松戸新京成バス 3407号車

DSC_3481_R_00001.jpg

かつては新京成よりツーステップやワンステップバスの譲渡が行われていた関東鉄道グループに分社後の中型ノンステ車両が登場している。今回は茨城県桜川市のコミバス向けの投入ということで一般的に想像する関鉄のバスとは外見が大きく異なっている。車両データは以下の通り。


*元新京成バス(分社後)一覧*

DSC_3581_R_00001.jpg

事業者名:関鉄パープルバス
所属営業所:下妻本社営業所
社番:P6034
登録番号:つくば200か889
用途:乗合
型式:PA-LR234J1
年式:H17年式

DSC_8832_R.jpg

元社番:3407
元所属:松戸
元登録番号:野田200か358
元用途:乗合
備考:H30年廃車→移籍

DSC_6863_R.jpg
<移籍前リアビュー>

DSC_9064_R_20200613165301f6e.jpg

DSC_9231_R.jpg
<移籍後リアビュー>

リア。窓部分の「ノンステップバス」表記やステッカー類はそのままの状態になっている。ラッピングを行う関係上車体広告枠はすべて撤去された点も目立つ。

DSC_3433_R_00001.jpg

DSC_9081_R.jpg
<移籍後のLED表示機筐体に残る元社番>

DSC_3437_R_00001.jpg

DSC_3432_R_00001.jpg

DSC_3431_R_00001.jpg
<移籍後の整理券発券機>

DSC_3441_R_00001.jpg
<移籍後のLCD型運賃表示機>

乗車マナー
<移籍前の乗車マナー喚起文>

DSC_3438_R_00001.jpg
<移籍後の乗車マナー喚起文>

車内には元社番が消されることなく残されており、モケットや乗車マナー喚起文も新京成時代のままとなっている。
料金機関連は前事業者と異なりレシップで統一されている。

DSC_1783_R_00001.jpg
<移籍前の車体屋根>

DSC_9128_R.jpg
<移籍後の車体屋根>

屋根は新京成時代のまま塗装がされておらずお馴染みの薄紫色がむき出しになっている。ラッピングを剥がすと実はまだ松戸新京成カラーを保っている可能性が高そうだ。アンテナ類もそのまま残されていることがわかる。


DSC_0195_R_00001.jpg
9332MT(I-754号車)

DSC_0370_R_00001.jpg
9317MK(元 I-738号車)

かつて関東鉄道グループに多数在籍していた7Eの中古車体は2020年までに全廃を迎えており、現在在籍している元新京成バス車両は今回のP6034のみである。


*充当路線で見えた風景*

DSC_3410_R_00001.jpg

DSC_3405_R_00001.jpg
筑波山口にて

P6034が充当するヤマザクラGOは2011年3月まで当該区間を関東鉄道のつくば北営業所にて運行していた路線バスの引継ぐ形で、2016年の実証実験を経て2017年に本運行を開始した比較的新しいバス路線である。2011年からの約5年は交通手段に乏しい生活を強いられてきたものと予想される。

DSC_4030_R_00001.jpg
P6033[2KG-LR290J3]

DSC_3966_R_00001.jpg
P6002[KK-LR233J1]

同線充当車両はP6034含めて関鉄パープルバスの専属車両3台で運行されている。元新京成以外の2台は年式差あれど両車とも生え抜きの車で、年式的にP6034はこの2台の中間に当たる。令和2年4月改正の仕業では平日・休日ともに3台すべてが稼働するように組まれているため1日張っていれば専属車全台の記録が可能である。

DSC_3986_R_00001.jpg
1974P[PDG-KR234J2]

専属車両の点検や車検時には関鉄路線色の小型・中型車が代車として登板することもある。

DSC_9097_R.jpg
桜川市役所岩瀬庁舎にて

話は路線の掘り下げに戻る。
ここは先に紹介した関鉄パープルバスにて受託しているヤマザクラGOの起終点(一部岩瀬高校南始発)である桜川市役所岩瀬庁舎。JR水戸線岩瀬駅のやや北側に位置する。

DSC_3678_R_00001.jpg

DSC_3699_R_00001.jpg

JR岩瀬駅。岩瀬と言えば松戸営業所にも松戸駅から水戸街道へ向かったところの岩瀬停留所を思い起こさせるが、こちらは駅として岩瀬の名が存在している。来る電車がこれまた前事業者と馴染み深い松戸駅で見かけるE531系というのも面白い。

DSC_3667_R_00001.jpg
本木~犬田南にて

岩瀬駅からつくば益子線を少し南に進むとそこには山と田畑に囲まれた田園風景が広がっている。バス車体はコントラストの高い車体色をしているので風景に紛れることはなく視認性がとても良い。

DSC_9113_R.jpg
本木~雨引観音にて

DSC_9150_R.jpg
雨引観音~大曽根にて

DSC_9166_R.jpg
雨引観音~大曽根にて

ここは道中につくば益子線を逸れて経由する(一部非経由便あり)雨引観音。春には愛称にも使用されているヤマザクラが咲き誇る。無事山登りを終えたバスは駐車場の一角で折り返しを行って再び同じ道を使って下山する。

DSC_3608_R_00001.jpg
雨引観音~大曽根にて

DSC_3633_R_00001.jpg
雨引観音~大曽根にて

DSC_3650_R_00001.jpg
雨引観音~大曽根にて

雨引観音を経由したバスは来た道を戻ってつくば益子線に合流する。写真はつくば益子線から山々をバックにピンクのバスが狭隘路をスイスイ進んでいく様子。ちなみに背景の山は筑波山ではなくお隣の加波山である。

DSC_3588_R_00001.jpg

DSC_3592_R_00001.jpg

こちらは道中の真壁庁舎。こういった役場や施設内に度々寄り道する辺りがコミバスらしさを醸し出している。

DSC_3539_R_00001.jpg
東山田羽鳥~桃山学園にて

DSC_3562_R_00001.jpg
東山田羽鳥~桃山学園にて

バイパスと分岐したこの付近は商店と民家の密集地のためバスはわざわざ狭隘路となっている同所を経由している。撮影ポイントにした柿沼製粉第二工場付近は直売所や体験型施設もある観光スポットで、多少道がひらけているためバスの停車も余裕だがここに停留所は設置されていない。

DSC_9185_R.jpg
旧酒寄駅跡にて

DSC_9210_R.jpg
旧酒寄駅跡にて

ヤマザクラGOの路線の一部はかつて引かれていた鉄道路線の筑波鉄道筑波線と並行している部分があり、代替の交通手段としての役割も担っている。画像の旧酒寄駅跡もその名残を感じる停留所のひとつで、バス停もわざわざ旧駅前通り側に停留所を設置している。

DSC_9224_R.jpg

元の県道41号線に戻る一コマ。運行時間を割いてでも旧駅通りに…土地の歴史を感じる経路設定のひとつとして数えられる光景である。ちなみに左手に見える舗装が新しい道路はサイクリングコースの「りんりんロード(茨城県道505号桜川土浦潮来自転車道線)」で車道側は変わらず「つくば益子線」とされており異なる2線が平行しているという見方になる。

DSC_3426_R_00001.jpg

再び起終点の筑波山口。一見休憩所のようにも見えるが同所は関鉄バスのつくば北営業所も兼ねているため夜には所属車両が帰還する。

DSC_3473_R_00001.jpg

DSC_3472_R_00001.jpg

DSC_3460_R_00001.jpg

DSC_3461_R_00001.jpg

発着路線はヤマザクラGO以外にも関東鉄道や筑西市コミュニティバスなども乗り入れる。2020年4月現在は植松タクシー・新栄タクシー・フジ急協力のもと筑波交流センターを軸とした支線型バス実証実験路線も運行されており、まだまだ路線網の開拓が進められていることがわかる。ちなみにヤマザクラGOとつくバス北部シャトルについては接続運転を行っており、ヤマザクラGO⇔つくバスは5~15分程度で乗り継ぎができるようにダイヤが組まれている。

DSC_3428_R_00001.jpg
旧筑波鉄道筑波線筑波駅跡

筑波山口の横には廃止から30年以上経った今も筑波鉄道の旧筑波駅が健在している。なぜかというのも先に紹介している旧筑波線(旧土浦駅~はサイクリングコースの「りんりんロード」の休憩スポットとして機能しているために解体を免れているというオチである。

DSC_3500_R_00001.jpg

再び岩瀬庁舎に向けて出発を待つP6034。今後も桜川市民やサイクリング、観光客の足として末永く活躍してもらいたいところである。

DSC_3395_R_00001.jpg
筑波山×P6034

最終記述:2020.6.13
テーマ: バス写真 | ジャンル: 写真

【山梨交通】元松戸新京成バス I-M27号車/3504号車

DSC_9104_R_00001.jpg

DSC_1249_R_00001.jpg

興業グループの同社は都内でも見ることが出来る国際興業バスのカラーリングを纏っていながら田舎道や山道などを颯爽と走るギャップが魅力の山梨交通は身延と鰍沢にそれぞれ元新京成バスの赤バス、元は松戸新京成バスでリバイバルカラーを纏っていたの京成引継のエルガミオが在籍している。車両データは以下の通り。


*元新京成バス(分社前)所属一覧*

DSC_0122_R_00001.jpg

事業者名:山梨交通
所属営業所:鰍沢営業所
社番:C838
登録番号:山梨200か805
用途:特定
型式:KK-LR233J1
年式:H14年式

DSC_0676_R_00001.jpg

元社番:I-M27
元所属:松戸
元登録番号:野田200か158
元用途:乗合
備考:H28年廃車→移籍

DSC_2345_R_00001.jpg
移籍前のリア

DSC_0055_R_00001.jpg
移籍後のリア

DSC_0648_R_00001.jpg
移籍前の前方屋根

DSC_0491_R_00001.jpg
移籍後の前方屋根

山梨交通移籍後も新京成時代の無線及びロケーションアンテナが残されたまま運用されている。ちなみに山梨交通では「やまなしコンシェルジュ」と呼ばれるバスロケーションシステムを導入しているが車体屋根に残されたものは使用せずにダッシュボード付近へ専用の筐体を取り付けて運用している。

DSC_0159_R_00001.jpg

一部赤バス塗装が露出している箇所が存在する。

DSC_9697_R_00001.jpg
移籍前の車内

DSC_0161_R_00001.jpg
移籍後の車内(後方)

DSC_0163_R_00001.jpg
移籍後の車内(前方)

車内は移籍前と変わらず赤バス末期らしい緑モケットそのままに運用が続けられている。新京成の特徴でもあった中扉の「扉が開くまでステップに降りないで下さい」の文字は残念ながら撤去されてしまっている。


*元新京成バス(分社後)所属一覧*

DSC_0272_R_00001.jpg

事業者名:山梨交通
所属営業所:身延営業所
社番:C844
登録番号:山梨200か816
用途:乗合
型式:KK-LR333J1
年式:H13年式

DSC_3862_R_00001.jpg

元社番:3504
元所属:松戸
元登録番号:野田200か545
元用途:乗合
備考:H28年廃車→移籍/元京成2230

DSC_4862_R_00001.jpg
移籍前のリア

DSC_0696_R_00001.jpg
移籍後のリア

リアは移籍時に広告枠や乗降中表示灯の撤去が実施されたほか、矢崎のドラレコがクラリオンのバックアイに更新されている。

DSC_0796_R_00001.jpg
タウンコーチ時代のリア

DSC_0280_R_00001_20200417213947869.jpg
山梨交通移籍後のリア

山梨交通になってからはリアに広告が掲出された。山梨交通と京王バス東で共同運行している中央高速バスの広告が後面いっぱいに掲出されている。山梨交通に吸収されたことでこの手の広告も掲出しやすくなったのだろうか。

DSC_2144_R_00001.jpg
移籍前の車内(前方)

DSC_2138_R_00001.jpg
移籍前の車内(後方)

DSC_0849_R_00001.jpg
移籍後の車内(前方)

DSC_0847_R_00001.jpg
移籍後の車内(後方)

DSC_2141_R_00001_20200417213310c7f.jpg

座席裏の化粧板に掲出されていたステッカー類はすべて山梨交通の座席マナー喚起ステッカーに貼り替えられている。

DSC_2153_R_00001.jpg
移籍前の後方行先表示機

DSC_0874_R_00001.jpg
移籍後の後方行先表示機

DSC_0518_R_00001.jpg
移籍前の側面行先表示機

DSC_0845_R_00001.jpg
移籍後の側面行先表示機

行先表示機については後方はガワごと流用品(?)への換装を受けたため大きく見た目が異なる。側面については優先席の主張がなくなった以外は特に手は付けられていない模様。ちなみにインフラは小田原からレシップに変更されている。

DSC_0522_R_1.jpg
移籍前の車内前方

DSC_0841_R_00001.jpg
移籍後の車内前方

前方はLCRから山梨交通の仕様に合わせるためLED表示機に逆行。禁煙プレートや「走行中運転者に話しかけないで下さい」と記載された喚起プレートが京成時代からそのまま残されていることがわかる。

DSC_2152_R_00001.jpg
移籍前

DSC_0877_R_00001.jpg
移設後

移籍前まで掲出されていた「アイドリングストップバス」と携帯電話マナー喚起ステッカーは撤去されている。

DSC_2168 (2)_R_00001
移籍前

DSC_0852_00001.jpg
移籍後

新京成生え抜き車と違って広告掲出板となっていた運転席仕切り上部は特に再活用はなく白無垢になった。


DSC_1379_R_00001.jpg
山交タウンコーチ時代のC838

DSC_0474_R_00001.jpg
山交タウンコーチ時代のC844

両号車とも2018年10月までは山梨交通のグループ会社である山交タウンコーチへの移籍という形で2年程度活躍していた。山梨交通への吸収合併による営業所の異動はなかったが、老朽したバスの代替が進んだことによる影響か多少用途が変化した。

C838号車の用途変化
山交タウンコーチ:スクール
山梨交通移管後:スクール・路線・富士川町ホリデーバス

C844号車の用途変化
山交タウンコーチ:路線
山梨交通移管後:路線・身延町営バス

コミバスの兼務については従来山梨交通からの島流しでやってきた経年車が受け持っていた路線を引き継いだもので、吸収合併後はこれらと平日には路線や特定輸送を行うスタイルが続いている。両車ともタウンコーチ時代より多忙を極めている現状である。


*充当路線で見えた風景*

DSC_0471_R_00001.jpg

DSC_0364_R_00001.jpg

筆者はタウンコーチ時代と山梨交通移管後の二回訪問を行った。今回は時系列に沿ってその走行シーンを振り返っていく。C838号車についてはタウンコーチ在籍時はスクールや特送専属ということで縁がなく、初回はC844の一点張りで撮影を行った。

DSC_1188_R_00001.jpg

身延山線で活躍していた頃のC844号車。P代の大ベテランと共に身延の地を駆け回るエルガミオは経年車とは言え度まだまだフレッシュな印象を受けた。

DSC_1492_R_00001.jpg

旧社番の3504といえば新京成でも最後まで残ったワイドドア[4枚折り戸]車で、かつ京成からの移籍時にカラーリングの低コスト化と言う名の粋な計らいで新京成電鉄バスのリバイバル塗装となった4台のうちの一台だった。山交でもこの仕様の車体は一点物である。

DSC_0650_R_00001.jpg
身延駅停留所にて

話は身延に戻る。C844の所属する身延営業所から身延山線の発着する身延駅は目と鼻の先で出発時間直前に営業所を出発しても裕に定刻発車を行える、そんな位置関係である。

DSC_1366_R_00001.jpg
身延橋南~大野にて

身延駅を出発した身延山線はすぐに駅の脇を流れる富士川を渡る。

DSC_0774_R_00001.jpg
身延支所入口~JA富士川身延

DSC_0925_R_00001.jpg
総門~元町にて

こちらは総門停留所付近。その停留所名にふさわしい立派な久遠寺の総門が立ちそびえるこの場所は国の重要文化財に指定されていながらも2020年現在も車道として機能しており、もちろんバスも通過する。ノーマルなLVでも思わず息をのむこの光景を元新京成車と絡めることができるこの感動は他所では味わえない。

DSC_1460_R_00001_01.jpg
総門~元町にて

DSC_1515_R_00001.jpg
総門~元町にて

総門を潜るとひたすら山登り。この身延山線に限らず同営業所の付近はアップダウンが激しく、これまで高出力のバスばかりが配属されてきたことにも頷ける。C844号車は新京成時代には聞いたことのないけたたましいディーゼル音を響かせて身延山を登ってゆく。

DSC_0816_R_00001.jpg
身延山停留所にて

DSC_0831_R_00001.jpg
身延山停留所にて

総門から連なる三門までの門前町のちょうど中腹あたりに位置する身延山バス停。まだ久遠寺本堂までの道のりは長いが、バスの乗り入れはこの地点までとなっており参拝客はここからひたすら登山を行う。転回場は12メートル級の高速バスも乗り入れるため広めに敷地を確保している。

DSC_1047_R_1.jpg
身延山~橘町にて

DSC_1055_R_00001.jpg
身延山~橘町にて

身延山停留所を出発し、身延駅を目指すC844号車。門前町はほぼ一通にも感じられる狭隘路区間となっており、乗用車や大型バスのすれ違いも発生するため総門通過までは緊張状態が続く。ちなみに道中でよく"生ゆば"のぼりを見かけるが、これは湯葉が身延山在中の僧侶の貴重なタンパク源として愛用されてきたことが現代に伝わったとされている身延地域の食文化の一つである。

DSC_0944_R_00001.jpg
元町~総門にて

DSC_1436_R_00001.jpg
隧道北口~大野にて

DSC_1444_R_00001.jpg
隧道北口~大野にて

DSC_0665_R_00001.jpg
身延駅停留所にて

DSC_0658_R_00001.jpg
身延駅停留所にて

下山して身延駅に到着。身延山線は短い路線ながらも生活・観光路線としてまだまだ需要が高く、繁忙期には同線以外に身延町総合文化会館~身延町営仲町駐車場区間にてシャトルバスも別途運行するほどである。今回の訪問では久遠寺と身延営業所の共存関係を垣間見ることができた。


DSC_0051_R_00001.jpg

ところ変わって鰍沢口駅。ここでは2018年に山梨交通1社営業所になった鰍沢営業所にて「ホリデーバス」として活躍する元M27号車の活躍を見ることができる。2020年3月現在は平日にスクールや路線バス、休日はこのホリデーバスといった具合でバリエーションに富んだ毎日を送っている。

DSC_0034_R_00001.jpg

ホリデーバス始発駅鰍沢口駅のロータリーに到着したC838号車。手前にいる7メートルエルガミオのC823は富士川町コミュニティバス・ホリデーバス専属車両として鰍沢にかれこれ20年在籍する大ベテランである。専属車のため車体は興業カラーではなくキャラクターが描かれた専用のラッピングが施されている。

DSC_0097_R_00001.jpg

C838号車が主に充当しているのは「小室線」。小室と聞いてしまうと新京成脳ゆえにどうしても船橋市最北の地を思い浮かべてしまうが、これは鰍沢の西側に聳える小室山と小室山妙法寺方面へのアクセス路線として機能していることからの名称である。偶然とは言え新京成との因果関係を錯覚してしまう光景である。

DSC_0061_R_00001.jpg
鰍沢口駅~駅前通り二丁目にて

DSC_0072_R_00001.jpg
鰍沢口駅~駅前通り二丁目にて

定刻になり鰍沢口駅を出発したC838号車。背後に見えるのがこれから登山する小室山で、充当中の小室線は鰍沢口駅から一度増穂インター付近を走行し、Uターンする形で小室山に向かう。

DSC_0109_R_00001.jpg
畔沢~土録入口にて

先回りしてこちらは増穂町は小室山妙法寺の門前町手前の交差点。ここから県道420号線と分岐すると小室停留所はすぐそばである。バスは2速・3速をキープしながら山道をじわじわ登ってくる。

DSC_0134_R_00001.jpg
畔沢~小室にて

おおよそバス通りとも思えない狭隘路と急勾配をゆく。登りきった地点にある門前町が終点小室である。

DSC_0149_R_00001.jpg

DSC_0153_R_00001.jpg

DSC_0157_R_00001.jpg

終点小室。先に紹介した身延山同様に総門と山門の間の門前町の中に位置する小室停留所はバスが2台程度停車できる転回場となっている。到着時に後退して停留所に着けるスタイルが基本のようである。

DSC_0217_R_00001.jpg
小室~畔沢にて

DSC_0222_R_00001.jpg
小室~畔沢にて

10分ほどのクッションを経てホリデーバスは鰍沢口駅に向け出発。発車してすぐに待ち受けるは前述の久遠寺にも登場した総門である。こちらは妙法寺の総門で久遠寺よりかはひとまわり小さい印象を受けるがこちらも1000年近い歴史のある建造物である。この場所も例によって現在も人や車の通ることができる門なので画像のような"総門を潜るバス"を撮影することができる。

DSC_0029_R_00001.jpg
駅前通り二丁目~鰍沢口駅にて

住宅と今は静かになった商店が連なる鰍沢口駅前に滑り込むC838号車。これが数年前に山もなく少し窮屈な松戸の町並みを走っていた姿を見ているとやはりこの走行風景のギャップが地方移籍したことを強く感じさせる。このホリデーバスはいずれの系統もコミュニティバス的な位置付けでありながら循環スタイルではなく路線バス同様往復経路で施設乗り入れも最低限にとどめられているため、町で維持している路線バスという捉え方がしっくりきた。

DSC_0281_R_00001.jpg
身延高校にて

再び場所は身延、時系列は先ほどの身延山訪問から2年が経過したとある日の記録である。
身延山線の中腹に位置する身延高校停留所に滑り込むC844号車。身延山線専属かのような雰囲気で山登りをしていたC844は会社吸収や経年車の退役を受けてこの2年で用途が変わっていた。画像は身延町営バスに充当するC844号車で、当線のみ身延高校での折り返しを行うということで撮影を行った次第である。高校敷地内の折り返しと言えば松戸新京成バスでいうところの県立松戸高校を彷彿させる。

DSC_0291_R_00001.jpg

今回充当している身延鰍沢線は2017年に山交の廃止路線を一部引き継ぐ形で運行を開始した路線で歴史は意外と短い。旧路線に当たる新早川橋-鰍沢線のころは鰍沢から久那土駅西側の対岸にある手打沢という場所で折り返しを行っていたが上記路線開通で身延駅~波高島駅~鰍沢口駅といったJR3駅からの生活路線に生まれ変わっている。

DSC_0356_R_00001.jpg
波高島駅~上沢住宅にて

DSC_0380_R_00001.jpg
波高島駅~上沢住宅にて

場所は波高島駅の対岸。基本的に鉄道は山間部を走り、車は対岸のバイパスを走行するスタイルが続く身延界隈では駅に向かう際は橋梁を使用する。ちなみに奥に見える波高島トンネルを抜けひたすら道なりに進むと河口湖方面へ抜けることができる。

DSC_0388_R_00001.jpg
波高島駅~上沢住宅にて

再び身延地区に戻り先ほどのC838号車も活躍する鰍沢地域へ向け颯爽と駆け抜ける元3504号車。


最後に…

DSC_1294_R_00001.jpg

投入当時大型路線車が大半を占める地域に2台も中型が移籍したこと自体に驚いたものだが、現地の様子を見るにむしろ大型車が必要な場面が減ってきた現状を見ての一手だったのかもしれないと今は思う。合わせて路線も特定もコミバスも…近年一本化される地方バス事情に対してそれなりの馬力を持った初期のエルガミオというのは改めて様々な用途に順応しうる汎用機であると痛感した。

DSC_0616_R_00001.jpg

今回は元新京成車に絞って沿線風景を取り上げたが、身延のみならずこの南アルプスでは広大な山梨交通のコミュニティとなっており同社のユニークな車両、片や首都圏では目にしなくなった貴重な個体も数を多く在籍している。スポットを変えればまた様々なドラマが待っていることだろう。興味があれば是非山梨へ足を運んでみてほしい。

最終記述:2020.4.23
テーマ: バス写真 | ジャンル: 写真

【新京成バス】2019年7月~2020年3月の車両のうごき

【鎌ヶ谷営業所のうごき】

DSC_6401_R_00001_01.jpg

鎌ヶ谷の下半期は久々の大型路線車投入と千葉シーサイドバスが受託していたイオンモール船橋店の送迎輸送の引継に伴う小型車投入といった動きが目立った。持続的に実施している中型・小型車の代替という部分も徐々に落ち着きを取り戻してきたところで冬には衝撃の新入りが続々登場した。

DSC_3674_R_00001.jpg

DSC_3806_R_00001.jpg

筆頭は大型車の新車投入。UD→三菱車を投入し続けてきた鎌ヶ谷の大型車についてもやはりというか当然というか、全国的な動きに準じてJBUSへシフトしていすゞエルガを導入している。分社後の車体では初めてのLV導入である。偶然にも代替がいすゞ車だがそれと今回のディーラー変更は関係ないと見ていいだろう。

DSC_2668_R_00001.jpg

DSC_2713_R_00001.jpg

DSC_2711_R_00001.jpg

DSC_2721_R_00001_01.jpg

DSC_2719_R_00001.jpg

DSC_2712_R_00001.jpg

車内、モケット等は直近に投入された1817号車や中型の最新号車1735号車と同じ柄が選ばれている。投入こそLV290系のEDSS装置標準搭載のプレスが出た後であったが、製造タイミングの問題か仕様は改良前の状態で納車されている。仕様は都市型の後ろ乗りという一般的な仕様。ただし前番の1049ではラッシュ型が設定されていたので座席数が増える運びとなった。ちなみに今回投入された「1350」という社番、1350番台の一台目なら1351が付与されるべきところをキリ番がなぜ選ばれているのかと思えば単純に1049号車の続番がゆえにというオチらしい。1700番台にシフトした1723号車が投入された時と同じ事象である。

DSC_2695_R_00001.jpg

DSC_2689_R_00001_20200228231807cd0.jpg

型式はアリソンATを選択しているため「2DG-LV290N2」となる。

DSC_2685_R_00001.jpg

ポンチョに続いて安全くんを装備。

DSC_2692_R_00001.jpg

DSC_2669_R_00001.jpg

運賃箱とICリーダー。本号車は除籍車両からの機器移植はなく、新筺体を設置しており車内は目新しさに溢れている。

DSC_2745_R_00001.jpg

新京成らしく非公式側も基部の伸びたカマキリスタイルで他社との差別化が図れている。

DSC_6420_R_00001.jpg

1350登場により退役となったF-133号車。F-132号車は車検を通して存命する形となり後番の当号車が先に引退することになったようだ。ちなみに同車は既に長電バスへの移籍が確認されている。

DSC_4404_R_00001.jpg
うぐいす園前~米ヶ崎にて

DSC_5492_R_00001.jpg
船橋グリーンハイツ付近にて

DSC_5082 (2)_R_00001
船橋駅北口にて

DSC_5263_R_00001_2020022823411611c.jpg
天沼にて

DSC_5292_R_00001.jpg
鎌ヶ谷大仏にて

船橋バスからの移籍当初こそ公団三線を中心に運用されていた旧船橋バス車体の一員だったF-133。晩年は来る日も来る日も車体カラーらしく船橋グリーンハイツ~船橋駅を往復していた。

DSC_8071_R_00001.jpg

船橋バスの生き証人的な存在だった引継車体も残りは2台、車体カラーという観点では残り1台となる。いずれもグループで退役情報が後を絶たないPJ・PAの短期規制車体のため残された時間は少ない。


*広告車の動向

DSC_7084_R_00001.jpg

8月 長らく1013号車で実施されていた東進ハイスクールの広告ラッピングが解除され1042号車に引き継がれる動きが発生した。久々にオリジナルの姿を取り戻した1013号車だが注目したいのは各扉直後の出入口表記である。

DSC_1139_R_00001.jpg
「 入口」

DSC_1143_R_00001.jpg
「出 口」

どちらも元は乗降方式が非統一だったころの名残で「出入口」とされてところを文字の添削を行うことで後ろ乗り仕様に定めるというユニークな姿になっている。目を凝らせば消えた文字がうっすら見えてくる。

DSC_3646_R_00001.jpg

こちらはデザインを一新した東進ハイスクールの広告を纏った1042号車。MP37のうちワンステベースのノンステップ車、いわゆるゲテノンでは2台目のラッピング車となっている。

DSC_4904_R_00001.jpg

9月 中型車の代替も続き1410号車の後釜として1736号車が投入された。同車よりいすゞエルガミオ2019年6月以降の標準仕様と定めた「2KG-LR290J4」にモデルチェンジされている。伴っていくつか従来車との相違点が生じた。

DSC_5022_R_00001.jpg

DSC_5019_R_00001.jpg

DSC_5039_R_00001.jpg

一番目立ったのは行先表示を白色LED化だろうか。先立って松戸新京成バスに投入された同モデルでは気前よく側面フルドット表示のフルカラーLEDが採用されたが、鎌ヶ谷車に至っては従来車の表示を踏襲することに重点を置いたか側面は短冊、色も白色一色(終車灯は青・赤が点灯)としている。

DSC_4868_R_00001.jpg

続いて運転席側のミラー基部の変更。これは今まで新京成がオプションで採用していた公式側と同じ基部の運転席側ミラーを全国の標準仕様に改めたもので、特色であったカマキリミラーが廃止される運びとなった。

DSC_3391_R_00001.jpg
リア

DSC_3396_R_00001.jpg

尾灯は標準仕様のLED灯は採用せず従来通りの電球としている。これは松戸車・習志野車も同様。

DSC_3400_R_00001.jpg
LR290J4…船橋新京成バスの新型エルガミオ初のマイナーチェンジ車である

DSC_3361_R_00001.jpg

DSC_3363_R_00001.jpg

車内。EDSS装置が追加され以外はおおむね従来通りといった感じ。
これまで走行中の離席を喚起する文面が記載されていたスペースにEDSSの取り扱い書きが追加された。

DSC_1341_R_00001.jpg

1736号車に置き換えられた1410号車。1408/09号車に続きまたも他の経年車を差し置いての前倒し退役となった。現在は東北のバス事業者である南部バスに引き取られ1057号車として活躍している。

DSC_5369_R_00001.jpg

12月 久しぶりに観光型の動き。元は京成バス千葉営業所に所属していたエアロバス(PJ-MS86JP)が深夜急行及び貸切運用に"増備"という形で鎌ヶ谷に納車された。今回は移籍車ということで社番は松戸と同じ規則で「FS201」、ナンバーもそれに準じた希望ナンバーを取得する形となった。当車登場による代替はなく当面は大型観光バス3台体制となるようである。

DSC_5225_R_00001.jpg

DSC_8068_R_00001_01.jpg

FS201←5356
移籍の際に車体更生及び船橋新京成バスの新ロゴやステップマークの掲出等を行った。
行先表示は千葉営業所時代の三色LEDを踏襲、ROMだけ付け替えて流用するようだ。

DSC_5378_R_00001.jpg

DSC_5371_R_00001.jpg

DSC_5375_R_00001.jpg

DSC_5379_R_00001.jpg

DSC_5387_R_00001.jpg

車内は2020年初頭現在では京成時代のままほぼ手付かずといった状態で、運賃箱の設備もないことからしばらくは貸切用途での使用制限が設けられると見て間違いないだろう。

DSC_5372_R_00001.jpg

ちなみに外見の再塗装こそ行っているようだが今回の移籍に伴う車体更生は省略されている。

EOneU_HVAAA86AE.jpg
1071号車の前面表示

EOneV6TUEAAsRzU.jpg
FS201号車の前面表示

DSC_2538_R_00001.jpg
1071号車の側面表示

DSC_5355_R_00001.jpg
FS201号車の側面表示

行先表示器はかつての1071号車と同じLED式を採用している。表示内容自体は同じだが前面についてはフォントが微妙に異なっていることがわかる。

DSC_8095_R_00001.jpg

新京成沿線で稼働中のFS201。深夜急行という定位置を受け持つまでは昼間に見かけることの方が多いかもしれない。

DSC_3439 (2)_R_00001

DSC_4917_R_00001.jpg

2020年1月 同期車両が地方へ旅立ってからも古巣に残留したエアロミディMEの生き残りであった1803号車がついに置き換えられた。全社的に行われた運賃箱の更新と関連したブランクがあったが、晩年は他の小型車同様に路線運用へ充てられていた。

DSC_4194_R_00001.jpg
3805号車[公式側]

DSC_8307_R_00001.jpg
1818号車[公式側]

DSC_9700_R_00001.jpg
3805号車[リアビュー]

DSC_6381_R_00001.jpg
1818号車[リアビュー]

1818←3805
この代替え車両がユニークで松戸新京成バスより捻出されたポンチョ3805号車が1818号車として1803号車の代替のため納車されている。なんといってもこの塗装が一番目立つ部分だろう。

JP.jpg

公式からの予告もなく突如として登場した2台目の電車カラーバス。今回は小型車ということでなかなか電車というにはほど遠い大きさではあるが、モチーフとなった80000形電車とはフロント形状がよく再現されており前回のエルガでは「電車カラーにしたバス」というよりは「電車に似せたバス」という印象を受ける。

DSC_4553_R_00001.jpg
新京成80000形の前面

DSC_6351_R_00001.jpg
1818号車の前面ブラックアウト部分

DSC_0439_R_00001.jpg
3805号車前輪

DSC_0440_R_00001.jpg
3805号車後輪

DSC_6397_R_00001.jpg
1818号車前輪

DSC_6393_R_00001.jpg
1818号車後輪

前面・リアのブラックアウトは鉄道車両に準じて艶消しブラックで塗装、車体側面ではドア部分のラインカラー省略、ホイールのグレー塗装(台車に見立てて)といった3307にはなかったこだわりが随所に散りばめられた仕様になっている。

DSC_2076_R_00001.jpg
例:1818以外のポンチョ

EPaAw1xUYAAHCah.jpg

こちらはガーニッシュ部分のクローズアップ。塗装の奇抜さゆえ気づきにくいが車体塗装変更時に部品交換が行われたようでポンチョ独特の窪みを省略している。

DSC_8272_R_00001.jpg

DSC_8279_R_00001.jpg

行先表示器は今回の転属時に新調したもので松戸時代のフルカラーLEDとはならず白色のみを表示するタイプに換装されている。

DSC_6339_R_00001.jpg

社番。80000形の表記と似てはいるがフォントは丸ゴシックなので似て非なるものである。

DSC_6345_R_00001.jpg

DSC_6346_R_00001.jpg

DSC_6347_R_00001.jpg

車内は松戸時代からステッカー類含めて更新されておらず目新しさはない。車両後部には車体と同フォントの社番が掲出されている。

DSC_6349_R_00001.jpg

車齢2年程度なので当然ながら今回の移籍に伴う車体更生は省略されている。

DSC_8186_R_00001.jpg

DSC_8187_R_00001.jpg

現在はイオンモール船橋の送迎路線「新船橋線」を主として活躍している。イオンと新京成電車カラーの色相性は抜群だ。

DSC_8234_R_00001.jpg
小学校~野口台公園

DSC_8261_R_00001.jpg
七次台休憩所

西白井線に充当する1818号車。日によっては他路線にも顔を出すことからイオン専属での配備というわけではないようである。

DSC_8267_R_00001.jpg

運用開始の際に前面へのICステッカー新規掲出、バス特が付与されない新船橋線を考慮して側面のICステッカーは他の号車とは異なるものが掲出されている。

ED1kE8vVAAAMGFY.jpg

3月 鎌ヶ谷市コミュニティバス「ききょう号」が運行を開始した「平成13年4月1日」から約19年間にわたって同市を支えてきた老兵S-104号車がこのたび勇退した。

DSC_1066_R_00001.jpg

老朽した車体や方向幕が痛々しい除籍後のS-104号車。ちなみに当号車の引退により数少ない方向幕式の行先表示を使用する路線は新京成全体で深夜急行(1060号車)を残すのみとなっている。

DSC_8418_R_00001.jpg
鎌ヶ谷一丁目

DSC_7219_R_00001.jpg
南鎌ヶ谷~東道野辺ふれあいの森

DSC_0610_R_00001.jpg
東武鎌ヶ谷駅

DSC_4490_R_00001.jpg
新鎌ヶ谷駅[停留所移設後]

DSC_4931_R_00001.jpg
鎌ヶ谷営業所

ダイヤの都合上晩年も平日は休むことなく運用に充てられ鎌ヶ谷市民の足として責務を全うした。

DSC_8160 (2)_R_00001

DSC_4627_R_00001.jpg

半担当車だったこともあってか当号車は随所から見覚えのあるキャラクターがぶら下がっており、レインボーバス籍の車とは雰囲気が異なっていた。

DSC_4917_R_00001_01.jpg

DSC_4920_R_00001.jpg
新鎌ヶ谷駅に集う初代ききょう号[S-104/130]

ちなみにちばレインボーに所属していたききょう号専属車両の130号車は意外にもS-104退役の2年前、平成30年に退役しており令和まで生き延びたききょう号オリジナル塗装のリエッセは船橋新京成車のみである。

DSC_5056_R_00001.jpg

DSC_5088_R_00001.jpg

引退を前に開催した有志による撮影会にて。松戸の3306号車とS-104、市の花を纏った者同士が並ぶ最初で最後のワンシーンとなった。

DSC_2177_R_00001.jpg
N-M48とS-104

DSC_1602_R_00001.jpg

電鉄バス時代に大きさやメーカー、仕様などを区別するために社番へ付与していた「I-」「N-」「S-」などの表記方法を現代まで引き継いでいた車体もこのS-104号車が最後であった(旧船橋バス車体を除く)。ただし現代になってMHやFSといった新たな英字社番が登場し始めているため英字社番自体が消滅するわけではない。

DSC_0229_R_00001.jpg
塗装の異なるKK-RM252GAN改

赤バスの末期から分社後黎明期の車両に冠されていた「KK」の排気規制車体もこのS-104号車が新京成バス全社的に最後の存在であった。排気規制問わず経年13年前後での車両入替を基本とする分社後の新京成でまさか20年近く生き延びる車が発生するとは夢にも思わなかった。

1819.jpg

DSC_1107_R_00001.jpg

続いて代替の1819号車。仕様は生え抜きで前番に当たる1817を概ね踏襲して車体前後の上部にマーカーランプ、"安全くん"が設置されているが、行先表示は白色に変更されている。運用路線はききょうに限定されることはなく井草線を中心とした小型路線に充当する。

DSC_1072_R_00001.jpg

ではききょうの直接的代替は何かというと1809号車が抜擢されている。増発改正時にききょう号使用になった1808号車同様に前乗り仕様へと改めて運用に充てらる。これにて京成グループで運行するききょう号はノンステップの充当が基本になる。(レインボーについては稀に一般色のリエッセやジャーニーJを充当させるケースがあるため100%ノンステ化とは言い難い)

1737.jpg

続いて3月中旬。2代目となる2規制エルガミオの1737号車を投入。仕様は前番1736号車を踏襲している。

DSC_3360_R_00001.jpg
1736号車のEDSS装置(座席側)

DSC_1173_R_00001.jpg
1737号車のEDSS装置(座席側)

1736号車より導入されているEDSS装置だが、1737号車については習志野車から採用されている喚起文の設置基部を取り付けており早くも車内で差異が見られている。

1406_N.jpg

代替となったのは最古参中型路線車の1406号車。しかしこの一台はのちに習志野に転属し船橋新京成バスでの活躍を延長する動きが見られている。これは習志野動きで追って紹介するとしよう。


ピックアップ①:イオン送迎受託開始

DSC_0152_R_00001.jpg

ところ変わって新船橋。2019年の9月20日まで東洋バスグループの千葉シーサイドバスによって運行していたイオンモール船橋店の送迎バスが2020年より船橋新京成バス受託に変更されて新たなスタートを切っている。シーサイド時代は中型車の充当を行っていたが、船橋新京成では小型車での運行を切り出しているところにも注目したい。

DSC_0368_R_00001.jpg

伴って運用も見直しが図られている。運行エリアは柏井町と金杉町のルートに限定、西船橋方面への乗り入れを休止する運びとなっている。黎明期だけあって運行は以下のような時系列で変化が生じている。

9月21日~9月30日:貸切運行(柏井・金杉、:新京成担当)
10月1日~:路線運行(新京成:金杉ルート・京成:柏井ルート)

ついては新京成バスの柏井方面乗り入れはわずか半月に満たない期間で終了する運びとなっている。

DSC_0088_R_00001.jpg
柏井町1丁目付近を行く新京成バス

DSC_0146_R_00001.jpg

DSC_0100_R_00001.jpg
暫定運行期間もしっかり表示が用意されていた

DSC_0131_R_00001.jpg
側面も同様

"市川市に現れた船橋新京成バス"。行田線はギリギリ船橋市内の路線であったため今回初めて船橋新京成バスが市川へ進出する運びとなった。

DSC_0192_R_00001.jpg

イオンの駐車場ゲートを通過するヒトコマ。運転士の機械操作なくゲートが開いているのでナンバーの登録が行われているものと思われる。代走する車もある程度限られてくるのだろうか。

DSC_0280_R_00001.jpg

金杉町をゆくイオンシャトル。同シャトルはこれまで鎌ヶ谷管轄の路線バスが引かれていたショッピングプラザとは対岸となる2街区経由ということで同じ金杉台団地をゆく姿にも新鮮さが感じられる。

DSC_0261_R_00001.jpg

金杉台団地休憩所をポンチョが通過。小型車についてはこれまでは教習で乗り入れ実績があるくらいだった金杉台団地だがこれからは日常的に同所をゆく小型バスの姿を見ることができるようになった。

DSC_0209_R_00001.jpg

これまではみらSATO向けの特定輸送でのみ使用されてきた夏見とほど近い北本町地区も路線バスの開通は初めて。昼間ともなればかなりの渋滞に巻き込まれるため路線が引かれていない現状も頷ける。イオンの場合は従来より停留所の設置もあるため北本町を通らざるを得ない。

DSC_6533_R_00001.jpg

DSC_6558_R_00001.jpg

DSC_3372_R_00001.jpg

DSC_3378_R_00001.jpg

路線新設から約8年間路線バスとは違う括りで金杉町の人々を支えてきたシーサイドバスは今回の一件で見納めとなり行きかう車両は新京成で統一された。今でこそ記憶に新しいが風化したころに新京成の蔓延る街を東洋バスグループの車両が行き交っていたことを知ると結構衝撃的かもしれない。

*船橋行田線廃止

DSC_2807_R_00001.jpg

始まりあれば終わりあり。鎌ヶ谷管轄路線では新船橋線(イオンシャトル)新設までは最も新しかった「船橋行田線」を廃止する動きが発生した。わずかに4年余りの歴史に幕を下ろす運びとなっている。

DSC_5097_R_00001.jpg
東武デパートを背に船橋駅北口を出発する京成バス

DSC_2006_R_00001.jpg
船橋駅北口バスターミナルに滑り込む光景、京成バスは1番乗り場を使用していた

バス事業では珍しい共同運行(相互乗り入れ)路線としても名高かった行田線。船橋駅北口にやってくる京成の車体にもようやく目が慣れてきたころに過去帳入りとなってしまった。運行当初は花輪の車両が船橋駅南口に乗り入れを行っており、京成バスシステムへ路線移管後もこの行田線が残留していたことで京成バスの船橋駅乗り入れ自体は虫の息ながら存続していたが、今回のにより同駅への乗り入れが全廃する運びとなった。

DSC_5056_R_00001_20200304223526e8a.jpg
行田線に充当するM48号車(KK-RM252GSN)

DSC_6525_R_00001.jpg
行田線に充当する1410号車(PB-RM360GAN)

DSC_7335_R_00001.jpg
行田線に充当する1731号車(SDG-LR290J1)

DSC_0249_R_00001_00001.jpg
行田線に充当する1732号車(SKG-LR290J2)

新京成時代の行田線。歴史は浅いものの赤バス代替の真っ最中に新設されたこともあって、古参から新参車両まで幅広い中型車が充当した。

DSC_3665_R_00001.jpg

共同運行を行っていた京成バス(市川)からの乗り入れ車の中でも行田線充当率が極めて高かった2102号車は当路線廃線を受け、そのままイオン柏井町ルート専属車にスライドした。

DSC_2752_R_00001.jpg
行田団地にて休憩中の新京成バス

DSC_0236_R_00001.jpg
船橋法典駅バス停で出発を待つ新京成バス

行田団地休憩所や船橋法典駅に乗り入れる新京成バスはわずかに4年で幕を下ろした。前者の団地休憩所についてはバックアイ必須ということもあって専属車代替の際には分社後初めてとなるバックアイを搭載した700番台の投入を行った。今となっては標準仕様だがその背景には行田線が少なからず関与していたことを忘れないでいたいところだ。


ピックアップ②:運賃箱と付随品の更新

DSC_4599_R_00001.jpg

DSC_4625_R_00001.jpg

先行して1803号車や1350号車に採用されていた小田原の新型運賃箱及びカードリーダーが鎌ヶ谷・習志野で本格採用が開始された。古参から新参車両までほぼ無差別的に更新が行われた。

DSC_2198_R_00001.jpg
旧筐体

DSC_0215_00001.jpg
新筐体

運賃箱の新旧筺体。近年京成グループで採用しているFTS型の現行モデルで新京成独自のオプション等もない。

DSC_2197_R_00001_01.jpg
旧筐体

DSC_2670_R_00001.jpg
新筐体

DSC_7949_R_00001.jpg
新ICリーダーは読み取り部の拡張と傾斜の廃止、残高の液晶表示化など随所がマイナーチェンジされている

DSC_7950_R_00001.jpg

DSC_2701_R_00001.jpg

経年の見てくれ変化を除けば従来品と大差ないので見落としそうになるが、整理券発行機も今回のタイミングで総入れ替えとなっている。

DSC_4634_R_00001.jpg

当時最古参路線型のS-104号車に乗せられた最新インフラたち。当号車に至ってはほんの数年前まで現金扱いのみを行う運賃箱と使い古したLED運賃表示器を載せているスタイルがお馴染みだったが、ここ数年で運賃表示のLCD化と多国語対応、そして今回の運賃収受機器入れ替えによって随分と現代化が図られたように思う。現在は路線バス全車が換装を終え、運転士の日常動作を支えている。


ピックアップ③:鎌ヶ谷車の幕張地区進出

DSC_2827_R_00001.jpg

2019年7月下旬よりこれまで船橋新京成バスでは習志野車のみが充当してきた海浜幕張駅~ZOZOマリンスタジアムの直通バス運行及び特送を日によって鎌ヶ谷の車、運転士が担当するようになった。

DSC_2565_R_00001.jpg
海浜幕張駅ロータリーを行く鎌ヶ谷車

DSC_2461_R_00001.jpg
駅ロータリーでの客扱いはなくプレナ幕張で乗降扱いを行う

基本の運用については海浜幕張(プレナ幕張)⇔ZOZOマリンスタジアムの直通バスということで習志野の受け持つ部分となんら変わりはない。どちらかと言えば"船橋新京成バス"で幕張地区を受け持つようになった、そんな印象を受ける。

DSC_6666_R_00001.jpg

画像はすでに22時を過ぎたころ。試合規模や時間帯によっては昼夜問わずのハネ輸送を求められることも珍しくないようだ。

DSC_3613_R_00001.jpg

特送では幕張ビーチ花火フェスタ2019。幕張地区常連の面々と肩を並べる鎌ヶ谷車の最新鋭車両2台が尽力した。

DSC_3715_R_00001.jpg
幕張本郷駅

DSC_3728_R_00001.jpg
鎌ヶ谷の最新鋭の三菱車といすゞ車が集う

DSC_3755_R_00001.jpg
臨時バスは0番乗り場より発車

上記イベントでは普段の海浜幕張発着ではなく幕張本郷からのピストン輸送となったため鎌ヶ谷車が幕張西地区をゆくシーンも見ることができた。

DSC_3468_R_00001.jpg

こちらは同イベント特送開始前、新都心営業所での待機シーン。カモメカラーの車体との顔合わせもすっかり見慣れたものである。
新規路線として開拓した以上は来シーズンも積極的な配車が期待できるが、京成本体でも距離は関係なく頻繁に来る営業所やそうでない営業所もある現状を見るに時と場合によってはイレギュラー化する可能性も否めないため初年度は積極的に撮影を行った。

*幕張地区をゆく鎌ヶ谷車ギャラリー

DSC_3868_R_00001.jpg
幕張西地区の基幹道路をゆく鎌ケ谷車

DSC_3815_R_00001.jpg
幕張西二丁目バス停

DSC_4078_R_00001.jpg
UFOが目印

DSC_4153_R_00001.jpg
企業輸送を行う大新東のヒュンダイと並走する1350

DSC_3802_R_00001.jpg
幕張本郷を出発する1350号車とシターロ連接バス

DSC_2353_R_00001.jpg
ZOZOマリンスタジアム入口

DSC_2245_R_00001.jpg
球場行き輸送の待機

DSC_2802_R_00001.jpg
この日はナイター開催

DSC_2924_R.jpg

DSC_2949_R_00001.jpg
ナイター開催日はハネ輸送も夜遅くまで実施

DSC_2875_R_00001.jpg
マリンの常連と。近年では経年車も減って真新しい車両が各所から派遣されている。


ピックアップ④:小室線

DSC_3897_R_00001.jpg

DSC_3950_R_00001.jpg

今年の夏は小室線に大きなテコ入れが行われた年となった。同線については7月まで船橋駅北口~小室とその区間便及び入庫便の3種を基本として運行されてきたが、近年爆発的な人気を集めた「ふなばしアンデルセン公園」の利用者を考慮してか大幅な見直しが行われたようだ。ついては同園利用者が多い土休の仕業にて従来鎌ヶ谷大仏へ入庫する船09系統を新系統のA01系統で統一し、そのまま古和釜十字路で休憩を取る運用パターンに改められている。ここでは同系統を中心に7月から現在までの動きを簡単に振り返る。

DSC_2136_R_00001.jpg
前面表示

DSC_2149_R_00001.jpg
リア表示

DSC_2141_R_00001.jpg
側面表示

「A01系統 県民の森」2019年7月20日~2019年10月14日

突如として運行が始まった新系統A01。アンデルセン西口を経て正門まであと少しというところで終点になるという訳ありげな系統となっていたが、約3か月後にこの種明かしが行われることになる。

DSC_1118_R_00001.jpg
1351号車による[県民の森]行き

DSC_3444_R_00001.jpg
1031号車による[県民の森]行き

当時大型最新号車の1351や県民共済ラッピングの県民の森行き。短期間の運行の中であるため見れるネタ要素も限りがあった。

DSC_3934_R_00001.jpg
前面表示

DSC_3944_R_00001.jpg
リア表示

DSC_3939_R_00001.jpg
側面表示

「A01系統 アンデルセン公園」2019年10月19日~

「A01」系統の種明かし。アンデルセン公園の頭文字「A」を冠したアンデルセン公園行きバスの運行を開始、今回の一件については道路認可など行政的な理由が絡んでいたとみていいだろう。今までは"途中下車"という形で利用されていたアンデルセン公園を終着とすることで直感的に同園まで向かうことができるのが最大の強みであろう。

DSC_2134_R_00001.jpg
「県民の森」行き運行開始時

DSC_3930_R.jpg
「アンデルセン公園」行き運行開始時

同線の延伸時に「県民の森」行へ暫定的にステッカ-対応していた各停留所がナンバリング印刷が加えられた新調品に更新がされた。


【習志野営業所のうごき】

DSC_0629_R_00001.jpg

習志野は前年度から継続して中型の経年車代替を実施。PB-RM系についてはバックアイ非搭載時代の社番に紐づく歯抜けの廃車が今後目立つことになりそうだ。

DSC_5979_R_00001.jpg

10月 鎌ヶ谷営業所よりまたも転属車両が登場。今回は車体更生及び塗装変更なしで最低限の機器入替、広告入替等を行った赤バス時代の転配に近い形での移籍となった。

DSC_7040_R_00001.jpg
2755←1416

DSC_6923_R_00001.jpg
2756←1417

DSC_6933_R_00001.jpg
2757←1418

11月16日、この日をもって豊富線の全ダイヤがが習志野営業所へ移管されたことに伴い移籍が2台発生。ついては今回も車体更生及び塗装変更は省略されたため「習志野所属で鎌ヶ谷カラーのエルガミオ」が初登場となり話題となったほか、新京成内でも希少種とされているスペースランナーシリーズのうち2点物の「PDG-RM820GAN」すべてが習志野所属となる大きな動きも対に発生する運びとなった。

DSC_0188_R_00001.jpg

鎌ヶ谷時代の1415(現2754)と1416(現2755)。前者によって「鎌ヶ谷所属で習志野カラーの中型車」の登場、後者によって「習志野所属で鎌ヶ谷カラーの中型車」が登場した。近年の車両トレードには驚かされるばかりである。

DSC_6909_R_00001.jpg
2756号車(移籍当時)のリア

DSC_7143_R_00001.jpg
2757号車(移籍当時)のリア

豊富線関連で移籍した今回の3台は2700番台いわゆる"バックアイ付き"の扱いで移籍をしているが、現在2757を除く2台は転属後も鎌ヶ谷時代と仕様が変わらず"バックアイなし"の姿で活躍が続くという採番矛盾が生じる事態が発生した。

DSC_1504_R_00001.jpg
2756号車(改造対応後)のリア

DSC_1509_R_00001.jpg
2756号車(改造対応後)のバッグカメラ

DSC_2694_R_00001.jpg
2757号車(改造対応後)のリア

DSC_2701_R_00001_202004121707248bc.jpg
2757号車(改造対応後)のバッグカメラ

後の2020年3月初旬に矢崎のドラレコはそのままにバックアイの追設が実施され、習志野圏内のあらゆる路線に顔を出せるように対応は行われているが未だ豊富線に引きこもりがちである。

DSC_0189_R_00001.jpg
2012←2941

DSC_0201_R_00001.jpg
リア

下半期は大型車にも動きが発生。習志野で受託している多田機工輸送用車両であるRAの2941号車が配属からわずかに2年余りで役を解かれる運びとなった。ついては輸送自体が別事業者へ委託されたため船橋新京成バスの特定輸送が純粋に減少することとなったため代替車両は登場していない。

DSC_0207_R_00001.jpg

DSC_0198_R_00001.jpg

元は習志野で2002号車を名乗り、その後は鎌ヶ谷にて1014号車として長く路線車で活躍。1009号車に代わる多田機工特定車として平成29年に用途を特定に変更のち、習志野営業所に移籍して2941号車となりこの度2012号車として路線車に復帰した。ここまでの堂々巡りをした車は非常に珍しい。

DSC_0211_R_00001.jpg

DSC_0213_R_00001.jpg

DSC_0209_R_00001_2020031322510386f.jpg

DSC_0215_R_00001.jpg

車内。社番変更跡が残る以外は2018と大差なく、料金機関連の更新もすでに終えている。

*2013号車の小変化

DSC_0176_R_00001.jpg

事故によるものか長期に渡って運用を離脱していた2013号車が12月ごろから復帰している。その際に板金加工による影響か「ステップバス」なるワードを掲げて運用される姿が確認できている。

DSC_0167_R_00001_01.jpg

塗装エラーの2027に続いて大型車の形態差異が発生する運びとなった。

*2018号車の小変化

DSC_4984_R_00001.jpg
旧ラッピング

DSC_5279_R_00001.jpg
新ラッピング

広告受託事業者全社的な動きだが東進ハイスクール広告ラッピングが進められた。前述の1013は掲出車両まで変わることになっていたが、習志野は2018号車の広告を貼り直し継続使用することとした。

DSC_5065_R_00001.jpg

これは海浜交通と習志野車による新旧東進の並び。切替間近にZOZOマリン輸送に充当した際のヒトコマである。

2734.jpg
2734

2735.jpg
2735

2736.jpg
2736

習志野では令和最初の新車導入軍となった3台。
本グループよりドライバー異常時対応システムの採用された「2KG-LR290J4」とされている。加えて2734以降では行先表示を鎌ヶ谷で先行導入されていた白色に変更している点が主な変更点である。

DSC_8643_R_00001.jpg

尾灯は松戸・鎌ヶ谷の同形式と同じく従来通りの電球式とされている。

IMG_7614_00001.jpg

IMG_7615_00001.jpg

IMG_7616_00001.jpg

車内。松戸ではLR290J4移行時にモケットの変更などを実施したがこちらは鎌ヶ谷に習って従来のインテリアを踏襲してEDSSだけ追加されたような印象である。ちなみにEDSSの周りに掲出されている喚起文は鎌ヶ谷車と微妙に文字の太さや掲出基部の違いが見られるが喚起内容は同じである。

DSC_8738_R_00001.jpg

置き換えられた2705と2708号車。後者については元2404号車という隠れ古参メンツでこの手の若番と見せかけて古参の事例が2752を除いてあと3台存在する。

DSC_8597_R_00001.jpg

鎌ヶ谷の白色LED車と並ぶ令和組の習志野車。行先の色ひとつでなんとも時代の変化を感じてしまうのだから不思議なものである。

2451.jpg
2451←1406

3月 鎌ヶ谷の新車増備につき玉突きで廃車となった1406号車を習志野で引き取り、2451号車として再就職させた。今回の転属は2400番台ということでこれまでの移籍車でお馴染みだったバックアイの設置を行わないため使用路線はある程度限定されることだろう。ちなみに2400番台の社番は約10年ぶりの復活、車号2451はここへ来て初登場である。

DSC_1312_R_00001.jpg

リア。外見からは社番の書き換えが行われた程度の差異しか見受けられないが、電鉄車の転配についてはもはや改番も行っていなかったので表現に困らされたあの頃に比べれば非常に分かりやすい。


ピックアップ⑤:豊富線

豊富線を抹消し、右端がスッキリしてしまった2019年11月16日からの鎌ヶ谷営業所圏内路線図。平成30年度より徐々にダイヤ移管を進めていた同線だったが

DSC_0112_R_00001.jpg

高郷界隈の通称エビス通りをゆく鎌ヶ谷車は深夜急行を除いてひとまず見れなくなった。

DSC_0118_R_00001.jpg

こちらは高郷停留所、今回の移管に伴って停留所換装の動きは特に無いようで"習志野車しか来ないのに鎌ヶ谷カラーの停留所が立っている"という珍百景が繰り広げられている。

DSC_8173_R_00001.jpg
神社前~大穴にて

豊富線の送り込みと大仏返却を兼ねて運転されていた「習02」系統、これについても入出庫が習志野営業所に改められたことで運行回数が激減。今後は古和釜線の行路で運行されているわずかな本数が残留する形となる。

DSC_6938_R_00001.jpg
習志野管轄の豊富線は高郷付近をゆく1736

これは2020年2月某日。鎌ヶ谷車が撤退しているはずの豊富線を走るはずのなかった鎌ヶ谷最新鋭車両が行く。名札デザインから乗務員自体は習志野ということは判明したがなぜ車両は鎌ヶ谷だったのか。一見転属でもしたのかと錯覚するが翌日は何食わぬ顔で鎌ヶ谷の路線に充当していたのでそういうわけでもなく、ただただ貸したような印象を受けた。時たまそんな光景が繰り広げられるのが今の豊富線の現状である。


【松戸営業所のうごき】

DSC_0806_R_00001.jpg

今年度も大型・中型車両の代替を継続、テラスモール松戸開業に伴った動きも目立った。前年度に投入されたの3306や3307といった強烈なメンバーの続番だけあって通常塗装の連続投入に安心感を覚える。特定車にも若干の動きがあったので別途紹介する。

EGb5l8lUwAAMcqB.jpg
3747

DSC_9649_R_00001.jpg
3748

令和初の新入り3747号車と続番3748はテラスモール松戸開業に伴う増車組。これまで通りLR290系だが今回は習志野同様車内にEDSSの付いた仕様変更車[2KG-LR290J4]である。

DSC_0758_R_00001.jpg
社名(新京成ステップマーク)表示[前面]

DSC_4648_R_00001.jpg
社名(新京成ステップマーク)表示[側面]

DSC_2198_00001.jpg
新京成サンクスフェスタ表示[前面]

DSC_2211_R_00001.jpg
新京成サンクスフェスタ表示[側面]

仕様変更された箇所はEDSSに留まらない。
まずは外観部分から行先表示のセレクトカラーLEDに変更された点が目立つ。側面表示器は短冊タイプからフルドットに変更。ステップマークのようなロゴやキャラクターも色付きで自由に再現できる部分が売りで、公式HPでも大々的にアピールが行われたほか3747号車お披露目も兼ねられていたバスの日イベントや新京成サンクスフェスタでは他号車にはないユニークな表示も確認できた。

DSC_8586_R_00001.jpg
路線(新系統番号)表示[前面]

DSC_9643_R_00001.jpg
路線(従来系統番号)表示[前面]

DSC_7392_R_00001.jpg
路線(新系統番号)表示[側面]

DSC_9657_00001.jpg
路線(従来系統番号)表示[側面]

DSC_4756_R_00001.jpg
臨時系統表示[側面]

こちらは路線表示。前面・側面共に系統番号整理が行われた小金原系統以外は系統表示への着色はなく従来の体裁を白文字化したスタイルで統一。側面はこれまで通り短冊方式で表記が行われ、表示停留所数が減るとそれに応じて矢印が伸び縮みすることも判明した。

EGb71fxUcAIuQbZ.jpg
3746号車までの前面

EGb72XiUwAEhxOj.jpg
3747号車からの前面

EGb7_hmU0AANR3p.jpg
3746号車までのリア

DSC_0688_R_00001.jpg
3747号車からのリア

車体の変化としては本グループよりステッカーや仕様表記文言に一部変更が入ったこともひとつ上げられる。中型ではノンステップ率100%到達からも1年以上経過していることによる意識浸透や今後大型車のノンステップバス純増を見据えてか「ノンステップバス」やリアでは「アイドリングストップ」の文字が省略された。以降に投入された車はすべてこの仕様を踏襲している。

DSC_0703_R_00001.jpg

DSC_0712_R_00001.jpg
モケット変更が加わった3747の車内

DSC_0707_R_00001.jpg
乗客の使用するEDSS装置

DSC_0721_R_00001.jpg
運転台に備え付けられたEDSS装置

続いて内装。EDSS設置の他、座席モケットデザインが従来の車両とまったく違うものになった。

DSC_1450_R_00001.jpg
3746号車までの内装

DSC_0710_R_00001.jpg
3747号車からの内装

DSC_7543_R_00001.jpg

旧北部市場敷地を再開発した「テラスモール松戸」開業に伴う2019年10月度のダイヤ改正と同時に運用を開始した3747/48号車。
マイナーチェンジを機に随所に更新が加え、令和も相まって松戸新京成バスの新たなスタートを感じる2台となった。

DSC_3779_R_00001.jpg

DSC_3814_R_00001.jpg

DSC_3810_R_00001.jpg

続いて投入された3308号車はEDSS搭載のモデルチェンジ車[2PG-LV290N3]。重量が変更されて排気規制記号が従来までの「2DG」据え置きではない点に注意したい。

DSC_5991_R_00001.jpg

3308導入により置き換えられたのは番号が飛んで3010号車。分社後の大型ノンステップに初めて廃車が発生した。
高年式の大型ノンステということで今後も他事業者での活躍が期待できる個体である。

DSC_0978_R_00001.jpg
3010/3011の表記

DSC_0981_R_00001.jpg
3010/3011の表記

DSC_0986_R_00001.jpg
3010/3011以外のLV234系ノンステの表記

リアに"緑文字"で「アイドリングストップ&ノンステップバス」と記載されたエルガは3011を残すのみとなった。どことなく往年の赤バス時代を思わせる緑字は趣味心をくすぐる。

DSC_9991_R_00001.jpg
3309号車

DSC_8005_R_00001.jpg
3310号車

3311.jpg
3311号車

DSC_3506_R_00001.jpg
除籍された3002/3008号車

続いて年末に投入された3309~3311号車。3309号車はテラスモール松戸開業に伴う増車か、代替はなくあとの二台は車検の兼ね合いからか延命されていた3002号車と順当で置き換え対象となっていた3008号車をそれぞれ置き換え。ちなみに画像のうち3309号車の画像にて中扉に駆け込み乗車注意喚起ステッカーが掲出されているが、これは現在全社的に進めている駆け込み防止策の取り組みで現在は3310や3311号車も同様のステッカーを付けて運行している。

DSC_9669_R_00001.jpg
3749号車

DSC_2085_R_00001.jpg
3750号車

12月 LR290をさらに増備して3750番台に到達。代替えは最後のバックアイ非設置車両となっていた3412号車と3714号車が対象となっている。ちなみにこの2台については前の3747/3748号車とは異なり以前までのエルガミオ同様に橙単色のLED行先表示器に側面はフルドットではなく短冊固定ではあるが、車内座席モケットについては更新後の柄が採用されている。

DSC_5142_R_00001.jpg

続いて中型車増備なしで退役したのは3713号車。当号車は常盤平駅北口から発着する学校法人の寮生輸送用の特定車で、もちろん運賃箱などのインフラ設備はない。ステッカーなども撤去され他号車とは見た目も大きく異なっていた。

DSC_1958_R_00001.jpg
常盤平駅北口にて

DSC_5135_R_00001.jpg
旧馬橋線川越停留所付近をゆく3713

ちなみに当号車の退役とほぼ同時に寮輸送も休止扱いを受けているのか、送迎を行っている様子がここ半年ほど見受けられていない。このままフェードアウトという可能性も十分ありそうだ。

DSC_1731_R_00001.jpg

DSC_1737_R_00001.jpg

3001と3713。共に長く聖徳と歩んできた2台であったがこの度両号車とも過去帳入り、ついては輸送自体も片や廃止で片や休止といった状況を迎えておりこのステッカーを掲出したスタイルの松戸新京成バス自体がもう見ることができないかもしれない。

DSC_7014_R_00001.jpg
3751号車

DSC_1386_R_00001.jpg
3752/3753号車

1月から3月にかけては3台の中型車が相次いで投入。EDSS装置の付いたエルガミオやエルガが半年足らずで10台を超えるという新京成バス3社で比較すると驚異のスピードである。

DSC_0054_R_00001.jpg
沿線の催事輸送に充当する3716/3717号車

前述の3台により3715~17号車が退役となり、松戸新京成バスから[PA-LR234J1]が形式消滅するという節目を迎える運びとなった
。後より2台についてはよく特送に姿を現す黄金ペアだったが気づけば過去帳入りとなってしまった。上記の型式だが全社的には1400号車が最後の一台となるため新京成からの全廃ではない。

DSC_0958_R_00001.jpg

3700番台の初期車といえばパナソニックのバックアイを装着していた点が特徴的(近年はレゾナントが主流)。松戸では残すところ貸切車が同じカメラを積んでいる。

DSC_3480_R_00001.jpg
3953号車

3907_N.jpg
3907号車

DSC_4840_R_00001.jpg
3907号車[リア]

2019年7月 に貸切車のうごき。松戸営業所で受託している新東京病院のシャトルバスは自家用車増車に伴い契約を解消している。ついては専属車両の3953号車が社番を抹消されて数か月松戸営業所に留置されていたが、9月に装いも新たに「3907」号車として松戸のマイクロ貸切車両として籍を置く運びとなった。ナンバーも社番に合わせて希望ナンバーを再取得している。

DSC_1093_R.jpg

今回受託を解消した新東京病院の送迎バスはすべて自家用のトヨタのコースターに統一されることになった。ちなみに扉部分に記載されたチケット乗車制だが3953号車も運用開始の2019年6月から7月までの期間だけこの乗車方式に対応(収集箱設置のみ)していた。

3907.jpg
松戸新田交差付近にて

DSC_4520_R_00001_01.jpg
21世紀の森と広場付近にて

松戸新京成バスでは3906に続き2台目となる新カナック塗装のマイクロバス。用途としては3906同様に医療センターのシャトルバスを主としているようだが、3907については特定時代に走行距離を稼いでいるせいか充当率は低いように見えた。

DSC_4847_R_00001.jpg

DSC_4858_R_00001.jpg

DSC_4856_R_00001.jpg

改番後の車内。モービルアイの追設といった3906に準じた設備追加以外は特定時代のままといえる状態であった。

DSC_9740_R_00001.jpg
医療センターシャトルバスに充当する3902号車

DSC_9728_R_00001.jpg
除籍された3902号車

これで松戸の貸切車は純増になるかと思いきや3907の玉突きで3902号車が退役している。今や貴重な存在となった新京成のオリジナル貸切塗装がまたひとつ姿を消す運びとなった。ついては貸切車の在籍数は変わらず1台が中型→小型へとシフトしたという見方になる。

MH002.jpg

2020年1月 新規開通した東京外環自動車道の松戸市内区間を活用した京成バスの高速バス路線「東京ディズニーリゾート線」の運行事業者を2020年2月16日から松戸新京成バスが参入することで増便を図る動きが発生した。これに先駆けて年初に松戸新京成バスでは2台目の大型観光バスとなるMH002号車が登場している。仕様は座席モケット含め概ねMH001号車を踏襲しているが現行車種ということでEDSS装置が標準装備されている。
※当号車の充当するTDR線は現在TDR臨時休業に伴う運休中のため掘り下げはまた別の機会としたい。


*特別塗装車両の小変化

DSC_4597_R_00001.jpg

つつじデザインの3306号車・新京成電車カラーの3307号車。2018年の登場以来今も人気の2台であるが、今冬に入って両者とも小変化が見られたのでまとめておく。

DSC_6940_R_00001.jpg

DSC_4639_R_00001.jpg

3306号車については長く続いた「星野みちる」氏の前掛け撤去と公式側ミラー基部変更が行われた。後者については破損による換装である可能性が高いため深くは触れないが、中扉窓回り同様に他号車よりもブラックアウトの面積が増えたことで通常の路線車より引き締まった印象になった。

DSC_6443_R_00001.jpg
15周年記念装飾時の姿

DSC_0043_R_00001.jpg
15周年記念装飾撤去後の姿

3307号車については15周年の記念マークの剥離及び中扉への全車的に進めている駆け込み喚起文掲出を行った。竣工時に前面へ掲出していた「ノンステップバス」の表記が省略された点にも注目したい(竣工時の画像はプレスリリースを参照)。装飾があったころは中扉部分がホワイトアウトした鉄道車両同様に「ドアへラインカラーが入らない」スタイルで忠実な再現度になっていたが今回の剥離でドアにもラインカラーが入るようになっている。

DSC_4783_R_00001.jpg
15周年記念装飾時の姿

DSC_0005_R_00001.jpg
15周年記念装飾撤去後の姿

リアビュー。飾りが消えたことで塗装のシンプルさを際立てる見てくれになった。


ピックアップ⑥:テラスモール松戸

DSC_7269_R_00001.jpg

2019年の松戸地区での大きな出来事といえばテラスモール松戸(以下TM松戸)のオープン。当施設の開業につきダイヤ改正と増便・系統新設、それに伴うバス車両増車はもちろんのこと予備の拡大や新系統番号採用など体制の見直しを余儀なくされた松戸新京成バス。今回はTM松戸開業に伴った動きを簡単にまとめておく。


1.系統番号の整備

DSC_5204_R_00001.jpg

DSC_5213_R_00001.jpg

新系統に改められた小金原地区。TM松戸開業に際し現行以上に系統が煩雑化することを危惧してのものと考えられる。簡単にまとめると以下の通りになっている。ちなみにこの動きは小金原地区にとどまらず松戸新京成バス全体で系統の見直しを図ることが発表されている。施行は2020年4月1日。

既存系統 
小金1 →R1
小金2 →R1
小金3 →L3
小金4 →L3
小金13 →L13
小金23 →23
八柱8 →12
八柱9 →12
八柱8 →12
小金7 →小金7
小金5 →13
小金6 →13
小金51 →14
小金52 →14
小金53 →14
小金31 →10

新系統
13:貝の花小学校-北小金駅
14A:八柱駅-テラスモール松戸-新松戸駅
14:貝の花-テラスモール松戸-新松戸駅
14A:新松戸駅-テラスモール松戸(急行)

参考:https://www.shinkeisei.co.jp/official/wp-content/uploads/2019/10/20191025_release_keitouno.pdf

DSC_7446_R_00001.jpg

DSC_7374_R_00001.jpg

簡素になった系統番号。フルカラー車では視覚的にもわかりやすく系統部分い着色が加えられていることがわかる。Rは右(Right)回り、Lは左(Left)回りとして若干経由地も読み取りやすくなったようにも思う。

DSC_4675_R_00001.jpg
先ほどの14番系統とは少し違う区間運行便

DSC_4663_R_00001.jpg
「貝の花」始発「新松戸駅」行き

今回新規路線の中で注目したいのは
・13番の「貝の花小学校」始発「北小金駅」行き
・14番の「貝の花」始発「新松戸駅」行き
貝の花小学校や貝の花の時刻表を参照してもまったく見当たらないこの系統はテラスモールの自動車入場規制などによる大規模遅延発生時に救済措置として運行される系統で、通常は見ることができない。


2.急行便設定とバスセンター新設

DSC_4312_R_00001.jpg
旧食品センター~房山を左折する新京成バス

TM松戸の敷地外南側に設けられた「テラスモール松戸」停留所、通称バスセンター。新松戸方面からであれば一般車入口の渋滞より手前で分岐して乗客を降ろすことができる。慢性的な渋滞を見越しての措置のようにも見える。

DSC_4334_R_00001.jpg
バスセンターに到着した教習車両

DSC_4354_R_00001.jpg

DSC_4346_R_00001.jpg
従来路線との位置関係はこんな感じ

使用開始に先立ち運用開始前に基本非番だった3747や3748号車を使用した関係者視察・乗務員教習も実施された。

DSC_4296_R_00001.jpg

DSC_4295_R_00001.jpg

DSC_4358_R_00001.jpg

DSC_4293_R_00001.jpg

停留所にクロックアップ。さすがに大人数の待機を見込んで屋根やベンチも長めに設置されている。ディスプレイが設置されているがこれも広告事業者持ちのようでバスセンター設置後も広告しか流れない。

DSC_7320_R_00001.jpg

使用開始後の様子。このバスセンターが起点となる急行系統は当停留所に到着後ある程度のクッションを持たせているため停留所とは少し離れた位置での降車扱いを行い、回送で停車、出発数分前に大きくハンドルを切って乗り場に付けるスタイルが基本のようだ。停留所に停車させたままにしておけばいいようにも見えるが混雑よりきで別系統とバッティングすることを懸念しての措置と思われる。残念ながら撮影当日はその光景を見ることができなかった。

DSC_7294_R_00001.jpg

公道を使用せず転回できる機能が加われば休憩車両のキャパ増加や現地に渋滞対応用の予備車を置くことさえも可能になるといったメリットが多少なり考えられるが現状は運用でカバーする形となっている。建設会社の事務所があった隣の敷地(画像手前、教習中の画像と見比べるとわかりやすい)が活用されるか否か、注視しておきたいところだ。


3.関係者輸送とシャトルバス

DSC_3107_R_00001.jpg

2019年10月初旬よりプレオープン期間が近づくにつれTM松戸の関係者も増加、当然バスの利用を推奨しているためまだ本数の少ない改正前のバスに乗車することを強いてしまう状況になることを懸念してか関係者用の専用バスを暫定的に設定していた。

DSC_3120_R_00001.jpg

DSC_3125_R_00001.jpg

短期的な運行のため貸切扱い。通行許可証のようなものを提示して乗車する方式であった。これ以上の詳細は不明だが不動産側でのチャーター便のような扱いになっているように見えた。当運行は10月24日を最後に運行を終了、関係者の通勤は通常の路線バスへとシフトする運びとなっている。

DSC_7401_R_00001.jpg

こちらはTM松戸開業後に同所と小金原地区や千駄堀を結ぶべく設置された無料循環バス。当路線は松戸新京成バスの受託とはならず我孫子市に拠点を持つアビコ西武観光バスが運行している。車両はリエッセⅡが選択されており車検等による代車は今のところ不明。

DSC_5143_R_00001.jpg

DSC_5147_R_00001.jpg

こちらはTM松戸開業時の駐車場混雑を見越して設置した臨時駐車場(松戸消防署 消防訓練センター/アリーナ柏/松戸医療センター)とテラスモールを結んだシャトルバス。これまた事業者は異なっており、印西に拠点を置くコスモスバスにて運行が行われていた。


4.開業後のようす

DSC_7496_R_00001.jpg

対策は重ねて同施設の開業を迎えたわけだが、道路環境の整備が一部間に合わなかったことも相まって土日は大渋滞に見舞われており早期改善が待たれる現状である。

DSC_7528_R_00001.jpg

主だって詰まり始めるのが貝の花方面からテラスモール北口側の渋滞。利用者用に100メールほどの専用線が設けられているが、空車が100台を切ったあたりから入場の規制が始まり列が伸び無関係の車を大量に巻き込んでしまう。これは貝の花側だけに留まらず住宅展示場脇から小金原方面に伸びる道にも右折車が大量に立ち往生してしまう二次災害も引き起こしている。土休日ともなれば八柱駅からほど近い森のホール21付近まで列が伸びることも珍しくなく八柱より小金原地区を結ぶ系統については30分を超える大幅な遅延が頻発するため予備車の稼働が通例化している。

DSC_7477_R_00001.jpg

続いて新松戸側。こちらについては急行系統もここで転回するため時間帯によってはスムーズにアクセスできるが、貝の花側が麻痺し始めると同時に新松戸側に入場が集中し慢性的に詰まる関さんの森以北にも影響が出始め渋滞が新松戸界隈まで断続的なものへと変化する。続く激しい渋滞が一過性のものでなければ今後対応を迫られることにもなりかねない印象を受けた。


*代替・増減車一覧*

1350(習志野230あ1350)→増車
F-133(習志野200か766)→1351(習志野230あ1351)
FS201(習志野230あ201)→増車
1406(習志野200か675)→1737(習志野230あ1737)
1407(習志野200か676)→1738(習志野230あ1738)
1410(習志野200か804)→1736(習志野230あ1736)
1803(習志野200か625)→1818(習志野230え1818)
S-104(習志野200か104)→1819(習志野230あ1819)
1406(習志野200か675)→1737(習志野230あ1737)

2708(習志野200か641)→2734(習志野230あ2734)
2705(習志野200か654)→2735(習志野230あ2735)
2736(習志野230あ2736)→増車

3010(野田200か504)→3308(野田230あ3308)
3309(野田230あ3309)→増車
3002(野田200か434)→3310(野田230あ3310)
3008(野田200か445)→3311(野田230あ3311)
3312(野田230あ3312)→増車
3747(野田230あ3747)→増車
3748(野田230あ3748)→増車
3412(野田200か446)→3749(野田230あ3749)
3714(野田200か448)→3750(野田230あ3750)
3713(野田200か447)→減車
3715(野田200か451)→3751(野田230あ3751)
3716(野田200か467)→3752(野田230あ3752)
3717(野田200か466)→3753(野田230あ3753)
3902(野田200か379)→減車
MH002(野田230あ002)→増車

*改番一覧*

1416(習志野200か1108)→2755(登録変更なし)
1417(習志野200か1108)→2756(登録変更なし)
1418(習志野200か1108)→2757(登録変更なし)
1406(習志野200か675)→2451(登録変更なし)
3805(野田230あ3805)→1818(習志野230あ1818)
3953(野田200あ141)→3907(野田230あ3907)

最終記述:2020.3.26
テーマ: バス写真 | ジャンル: 写真

【会津乗合自動車】元船橋新京成バス 2701号車

DSC_3050_R_00001.jpg

歴史的町並みが残る会津若松の地に一台、習志野営業所で活躍したRMが活躍している。移籍から本格運行開始までは代替車の車検満了待ちだったのかブランクが開いたが、現在は会津若松市内の循環バス「ハイカラさん」としてラッピングも誇らしく活躍している。


*元新京成バス所属一覧*
DSC_2873_R_00001.jpg

DSC_2906_R_00001.jpg

事業者名:会津乗合自動車
所属営業所:若松営業所(本社)
社番:-
登録番号:会津200か391
用途:乗合
型式:KK-RM252GAN改
年式:H16年式

DSC_2724_R_00001.jpg

DSC_0386_R_00001.jpg

元社番:2701
元所属:習志野
元用途:乗合
備考:H29年廃車→移籍


DSC_7804_R_00001.jpg

DSC_7840_R_00001.jpg

投入間もない頃の391号車。黎明期は新京成バス時代同様公式側、非公式側共に基部が同じ俗称カマキリミラーとなっておりこの状態で多少運用にも入っていたようだが社内では評判が良くなかったのか、狭隘路の多いハイカラさんの運用を見越してか非公式側のミラーが交換を受けている。

DSC_7828_R_00001.jpg

DSC_2913_R_00001.jpg

DSC_2923_R_00001.jpg

DSC_2927_R_00001.jpg

DSC_2924_R_00001.jpg

移籍後の車内。モケットやつり革のV字化、座席数や降車応答ボタンの増減もなくオリジナルに近い状態を保っている。しかしながら目を凝らせばヒーター増設や前のり仕様といった部分で手を加えられている部分も少なからず見当たる。

DSC_2918_R_00001.jpg
<車内名刺入れは運転席直上に移動>

DSC_2926_R_00001.jpg

DSC_2093_R_00001.jpg

車内随所に長方形のステッカー撤去跡があるがこれは習志野車限定で掲出されていた携帯電話マナーの注意喚起ステッカーの痕である。

DSC_2916_R_00001.jpg
<中扉は締切(車いす扱い専用)に変更>

DSC_2917_R_00001.jpg

DSC_7822_R_00001.jpg

DSC_7826_R_00001.jpg

車体向かって右手天井に掲出されている注意喚起ステッカーは新京成時代の物を流用している。ついては「新京成電鉄株式会社」の文字のみ消されていることが分かるが、これは習志野営業所時代に埋められたもので会津バス移籍時の措置ではない。

DSC_2921_R_00001.jpg

DSC_2959_R_00001.jpg

元社番跡が残る行先表示器。外見は変わらないが中身は他号車同様にレシップの行先表示器に更新されていた。

DSC_1229_R_00001.jpg

DSC_2914_R_00001.jpg

新京成バスにおいて特徴的な車内事故防止喚起が書かれたプレート。移籍時に下部の社名を消して流用されるケースもあるが会津バスは撤去を行った模様。

DSC_2961_R_00001.jpg
<391号車のバックアイ>

DSC_8868_R_00001.jpg
<移籍前のバックアイ>

リアに設置されているバックアイは習志野時代のものを流用している。



*充当路線で見えた風景と余談*
DSC_2892_R_00001.jpg

"まちなか周遊バス"の名の通り会津若松駅を軸に近隣観光地を結ぶシンボル路線として毎日運転されている「ハイカラさん」とその逆回りで運行される「あかべぇ」。当路線は小型車と中型車の交互運行を基本としており、今回の391号車は上記の中型車経年に伴う代替車として投入された。

DSC_2911_R_00001.jpg

DSC_2912_R_00001.jpg

古風な駅舎と景観維持がされている始発駅会津若松駅。すでにインバウンド向けの案内も行き届いているのか当日は日本人より外国人の利用客の方が多かった。

IMG_5539_00001.jpg

若松駅を出発したハイカラさんはJR只見線は七日町駅を目指す。車内では「AIZUその名の情熱」の歌声と共に観光案内放送が随時流される。

DSC_2938_R_00001.jpg

DSC_2954_R_00001.jpg

こちらは野口英世青春館。七日町から5分ほどで到着する同所は千円札でお馴染みの野口英世氏が医学の基礎を学んだ地として名の通る旧会陽医院を資料館に改築したもので、ここまでのバス利用者も多い。一帯の通りも「野口英世青春通り」とされ和洋折衷が醸し出すレトロな町並みが残っており、非常に絵になる場所であった。

DSC_2970_R_00001.jpg
<会津若松市役所前~北出丸大通り>

DSC_2983_R_00001.jpg

DSC_2920_R_00001.jpg
<391号車から鶴ヶ城を望む>

DSC_2994_R_00001.jpg

バスは市役所を抜け、レンガ壁の美しい鶴城小学校を横目に鶴ヶ城方面へ北上する。ここから先は鶴ヶ城の東側を走行、武家屋敷を経由して東山温泉を目指すことになる。

DSC_3015_R_00001.jpg
<東山温泉入口(瀧の湯前)~東山温泉>

DSC_3033_R_00001.jpg

DSC_3042_R_00001.jpg

東山温泉駅。かつてはロープウェイもあった自動車駅で昭和の名残が色濃く残っている当停留所ではバス車両が転回のため駅舎内に進入する。温泉街として古くから親しまれているこの地域は宿泊施設も多く、ここから乗客は一気に増加する。

DSC_3071_R_00001.jpg

創業130年以上を誇る"瀧の湯"を背に会津若松駅を目指す391号車。風情ある一本道だが中型車体ともなるとすれ違いは多少窮屈で緊張の高まる地帯でもある。

DSC_3083_R_00001.jpg

DSC_3090_R_00001.jpg

東山温泉からはひたすら山を下り市街地までラストスパートをかける。

DSC_2869_R_00001.jpg

DSC_2881_R_00001.jpg
<一中前~会津若松駅>

DSC_2892_R_00001.jpg

会津若松駅に到着。1周約1時間で周回する当バスは市内循環と言いながらも運行範囲が広く小回りを利かせた細かな停留所配置で観光目的のみならず生活利用にも貢献している一種のコミュニティバスともいえる雰囲気を感じた。会津の町を代表する路線に新京成の生活路線の第一線で活躍したバスがまた違う人々の足として今日も活躍している。

最終記述:2020/2/23
テーマ: バス写真 | ジャンル: 写真